泉瞳先生にインタビュー

泉瞳先生にインタビュー

 

泉瞳先生はご自宅やカルチャーセンターで幅広く英語を教えていらっしゃいます。その秘訣は、女性ならではの悩みでもある「家庭の事情」と上手に付き合うこと、でした。


 

「大まかに「こうなったらいいだろうな」という明るいイメージを持ちつつ過ごしていく」

 

 

 

瞳先生が英語を教えようと思ったきっかけを教えてください。

 

実は国語の教師になりたくて教員養成系の大学を目指していましたが、 残念ながら不合格だったのです。浪人する選択肢もなかったので、受験慣れのためのに受けて合格していた大学の、文 学部英語科に進学しました。

英語が特に好きと言うのではなく、そこで英語科の教員免許を取得して教員を目指せばいいか なと思ったのが、こうして英語と関わることになったきっかけでした。 大学4年時の教員採用試験では、またも合格することができませんでした。公立校の非常勤講師 をしながら何年も採用試験を受け続ける人も多いのですが、公立校とは違う世界を見てみようと考え、卒業した1986年春、語学関連の会社に就職しました。

この会社では同僚の外国人と一緒に行う業務も多く、ホームステイ関連の事務や、担当する英 語クラスの指導で毎日英語を使う必要があったので、on the job training 方式で英語を身につけて いきました。大学を出た程度の英語力でしたから、フォニックスクラスや、イマージョンクラスを担当する場合は、その都度学ばなければならないことがたくさんあって、本当に大変だったの ですが、のちに公立中学で英語指導をする時にとても役に立ちました。 もし公立中学校しか知らなかったら、英語教育について狭い視野でしか考えられない教師になっていたのではないかと思います。

自らで進んで英語を選んだわけではありませんでしたが、いろんな出会いがあって、今だに英語に関わっています。

 

今はどのように英語を教えていますか? 特に気を付けていることや工夫していることはありま すか? 

 

自宅教室「ハッチポッチイングリッシュ」では、個々の生徒さんに合わせてプランを作り、そ の方の目標を達成できるようにレッスンをしています。

また、道新文化センターさっぽろ東急教室では、レディース英会話、旅行英会話の2クラスを担 当しています。この教室は東急デパートの中にあり、生徒さんの年齢は40代から70代の方が 中心です。 『学生時代に英語が好きだったので、改めて英語を学び直してみたい』 とおっしゃる方が多いですね。

みなさんに共通するのは「英語を話せるようになりたい」という想いです。 『失敗を気にせ ずに安心して発言できるように、和気藹々とした雰囲気をつくる』ことを第一に考えています。

ただし『しゃべりっ放し、どうにか通じれば良い』と言うのでは英語力は伸びないので、
・日本語と英語の違いを押さえて、主語を意識して話すようにすること。
・会話だけでなく、ある程度の長さの英文を精読+音読することで、英語の構造を理解できるよう導くこと。
・ジャズチャンツで英語のリズムを覚え、考えなくても口から出てくる表現を増やすこと。
・テーマや写真を用いて、会話するために必要な状況を用意すること。
などを基本にレッスンしています。

みなさんが毎回のレッスンがとても楽しみだと言ってくださる ので、次はどんなトピックを用意しようかと励みになっています。

 


結婚、子育て、数回の転勤や転居、そしてご両親の介護に直面しながらも 英語教育に関わり続 けてきたとお聞きしました。 その中での葛藤や工夫等についてお聞きしてもよろしいですか? 

 

教師の仕事はとてもやりがいがありました。ですが夫が多忙であること、実家が遠いことな どもあり、子供が小さいうちは育児に専念しようと決めました。

ところで、うちの2人の子供達(一男一女)はそれぞれに個性が強く、悩んだり迷ったりしなが らの子育てでした。そんな大変な中でも、親子でマザーグースや洋楽を家や車の中で楽しんだり、 英語絵本を読み聞かせたことは、私にとっても心休まる時間でした。また、この頃英語を楽しん だ記憶は彼らの心に残っているようです。

家族で2年のタイ生活を経験し、帰国後は仙台に生活しました。当時息子は小学1年生、娘は 幼稚園年中でしたが、この頃からマザーグース、英語の詩や名言、アメリカ憲法の前文を暗唱する など、文字も少しずつ取り入れながら、あくまで遊びとして楽しんでいました。そのうちに、「みんなでやったら楽しいね」ということになり、ご近所の子供達も加わって、自宅で10名程 度の英語サークルを開くようになり、毎回内容を試行錯誤していました。ずっと英語の仕事から離れていたのですが、この時の経験から、やはり私は英語を教えたいのだと気づきました。

しかし楽しいことは続かないもので、我が家は中学受験の時代を迎えます。息子、娘の中学受験は通算で6年間に渡りましたが、この時期は親も遊べません。「あ、お母さんだけサボってい る」と言われると困るので、受験勉強する子供の横で英語を再び勉強し始めました。ゆくゆくは仕事ができるように、何か資格があると良いかもと考えて、英検1級とTOEIC スコア945を取ったのがこの時期でした。

その後、2006年春に札幌に転居しますが、知人を通じて丸善のイベントのお仕事をいただき、同じころに図書館で英語絵本を読み聞かせるようになりました。そのご縁でカルチャースクールの講師を依頼されたのが2013年ですが、これが結婚後初めての定期的な仕事となりまし た。

2年が経って、カルチャーのレッスンも自宅レッスンも波に乗ったと思った矢先、熊本の義母が事故に遭いました。気づかないうちに認知症もかなり進んでいたのです。義父は眼が不自由で1 人では暮らせないので、夫と私が交代で札幌と熊本を行き来しながらの生活が2年あまり続きまし たが、その2年間はちょうど娘の大学受験も重なっていました。

いざとなったら私が仕事を辞めて、熊本に帰って親の面倒をみると腹をくくりました。 個人レッスンの日程を調整しながら、札幌と熊本を行き来する綱渡りのような日々でしたが、それまで2年余り続けてきたカルチャースクールのレッスンだけは、ほとんど休むことなく続けることができたのは幸いでした。この仕事を続けたいという気持ちが強かったから、出来たことだと 思います。

昨年の夏に義母が亡くなりましたが、その後は義父のための生活環境を整えるまでが大変でした。この間のことは大変すぎて思い出せないほどですが、今となっては、色々あったね、と夫婦で笑って思い出せるようになりました。

 

これからの、瞳先生の成長予定を教えてください。 

 

ETAJで皆さんと情報交換したり、様々なことを教えていただくうちに、改めて英語をしっかりと学び直したいと考えるようになりました。特に、ミツイ直子先生が認知言語学の情報を提供してくださったのをきっかけに関連書籍を何冊か読んでみたところ、面白くて引き込まれました。私が大学生だった頃にはまだ確立していなかった研究分野ですので、可能であれば、いずれ大学院で学びたいと考えています。

 

他の、特に家族の変化に影響されやすい女性の先生方にメッセージを頂けますか? 

 

先のことを考えすぎるより、大まかに「こうなったらいいだろうな」という明るいイメージを持ちつつ過ごしていくといいのかもしれませんね。気づいたらいつの間にかやりたいことに近づいていた、というのが理想ですね。

結婚した当時はこんなに転勤があるとは考えていませんでしたが、どの土地でもかけがえの無い経験ができ、今につながっています。家族のことで思うに任せないこともありますが、起こっ てくることは仕方ないので、その時にできる事をやっていけばいいと割り切って、前向きに過ごしていきたいと思っています。

 

 


 

泉 瞳

 

熊本県生まれ 1986年に大学を卒業後、福岡市の語学関連会社に入社。幼児から高校生までの英語指導、ニュージーランド、アメリカへのホームステイ引率などに携る。その後、福岡市の公立中学校教諭として約6年間勤務するが、結婚を機に退職。 夫の転勤に伴いアメリカ、神奈川、宮城、タイにて生活し、現在は札幌在住。札幌では丸善書店の英語絵本の読み聞かせイベント、札幌市中央図書館で定期的に行う英語絵本の読みきかせ会、子供向け英語イベントにも関わる。5年前からカルチャースクールで大人向けの英会話クラスを担当し、現在に至る。自宅教室でも個人レッスンを行なっている。

 

◆札幌ハッチポッチイングリッシュ

Leave a Reply