自閉症の生徒に教える時のコツ。

自閉症の生徒に教える時のコツ。

ミツイ直子

 

profileMITSUI2015年現在、アメリカでは68人に1人の子供が自閉症だと言われています。その数字はアメリカほど高くはないと言われている日本でも、ここ最近では自閉症児の数が増えていると聞きます。ただ、自閉症児を始めとする障がいを持つ子供達の教育保証が法律によって定められているアメリカとは異なり、日本の教育現場での理解は非常に遅れています。

子供達は障がいの有る無しに関わらず学ぶ力があります。障がいがある場合、学ぶ方法や速度が「その他大勢と異なる」ということが顕著に表れるだけなのです。「その他大勢と異なる部分」にばかり気を捉われて、そういった子供達の学ぶ機会を奪ってしまわぬよう、全ての子供達に教育の機会を与えられるよう、私達英語講師もきちんと彼らについて学び、彼らにも教えられるようにと準備をしておきましょう。

ここでは自閉症の生徒に勉強を教える時のコツをご紹介していきます。もちろん一言で自閉症と言っても「何が得意で何が苦手なのか」「理解度はどのくらいなのか」「性格はどうなのか」…、本当に個々それぞれ異なります。ここにてご紹介しますポイントはあくまでも参考程度に留め、何よりも目の前にいる生徒を見て「どうするべきか」を判断していくようにしてください。

また、この記事を書くにあたって監修を務めてくださいました米国カリフォルニア州の ABA Therapist、Mai Gilbert 氏に心より御礼を申し上げます。

 


 

1. 授業の流れを Routine 化する。

自閉症の人は、次に何をするのかと見通しを立てるのが苦手だとか、1 つのアクティビティーから別のアクティビティーにうつるのが苦手だとか言われることがあります。そういう傾向も性格のように個々それぞれなのですが、「授業の流れ」を予め決めておくと、多くの人が落ち着いた状態で授業を受けてくれることが多いようです。ですから、「授業の流れ」を決め、それにStick するのがお薦めです。

例) 

(1)授業開始後すぐは英語で挨拶
(2)最初の5分はFree Talk
(3)次の10分は前回の授業の復習

 

image「授業の流れ」を左の写真のようにビジュアル化するのもお薦め。これは言語障がいのある人に使われるコミュニケーションエイドですが言語での意志疎通に困らない人にも役立てることが出来ます。こういうものをわざわざ作らなくても、「授業の流れ」を紙に書き出すだけでも良いですし、その場合は書き出して終わったものを斜線を引いて消していくのもお薦めです。そうすると終わったことが目に見えますから(写真では恐らく番号の横にその日の流れをはめ込み、それぞれのアクティビティーが終わったら右側の青い箱にチェックをしていくようですね)。

ただ「授業の流れ」を決めてしまって困るのは、その「流れ」を変更しないといけない時です。一度 Routine 化した「授業の流れ」を変更することを極端に嫌がる生徒もいるかと思います(これは「ワガママ」ではなく、そういう変更に対応する力が弱いだけなので誤解をしないようにしてください)。ですから、一度決めた「流れ」を変えることは出来るだけ避けるべきですが、やむを得ない時は、前もって生徒に「次回の授業はこの順番でやるよ」と伝えたり、生徒のご家族の協力を仰いだりして、生徒が少しでもスムーズに対応できるように配慮しましょう。

 

2. 指示は短く、シンプルに。
生徒の言語能力にもよりますが、基本的に簡潔な指示を出すのがお薦めです。「じゃあ、この教科書のここをやってみようか。ちょっと難しいかもしれないけど大丈夫だと思うよ~」と、グダグダ説明するのではなく、「ここをやってみよう」とだけ伝える方が、ずっとシンプルで分かりやすいですよね。

 

3. 指示はスモールステップで。image (1)

通常、「じゃあ、今日の勉強を始めましょう」と言って済ませてしまうようなところを
(1)「勉強を始める前に、勉強をする準備をしよう。」
(2)「机の上はキレイかな?」
(3)「鉛筆と消しゴムは用意出来ている?」
(4)「使う教科書は揃っている?」
(5)「教科書は、前回やったページを開いてね」
というように、細かく具体的に、生徒が何をすべきかを伝えるのがお薦めです。

 

4. 生徒が質問に答えられない時は、少数の選択肢を提示し、答えを選ばせる。
私達英語講師の仕事は生徒に英語を教えることであって、生徒の能力をテストすることではありません。ですから、生徒が答えられない質問がある時は「もっと考えてみろ」と無茶苦茶なことを言って時間を無駄にするのではなく、「A と B、どっちだと思う?」と選択肢をあげるのがお薦めです。そのうえで「どうしてそれを選んだの?」と聞いて、生徒の理解力を確かめながら次に教えるべきことを把握していってください。
また、選択肢を与える時は多くを提示する必要はありません。大事なのは「考える」ということですから選択肢を多く与えて悩ませる時間を増やすよりも、正しい答えに辿り着かせてから「なぜそれが正しいのか」を確認していく作業に時間を費やしてください。

 

5. 生徒の理解を助けるために「視覚情報」を利用する。
一度した説明を生徒が理解出来ないとしても、それは生徒のヤル気や能力の無さだとは限りません。なかなか理解してもらえなくて焦る気持ちや苛立つ気持ちがあるかもしれませんが、大事なのは生徒に理解してもらい、新しいことを学んでもらうということ。英語を楽しんでもらうということ。その点を見失わないように必要であれば何度も説明を繰り返したり、もしくは他の方法で説明を試みたりしてください。自閉症児は視覚優位の人が多いと言われているので、少し複雑な内容を説明する時は、口頭説明で終わりにしないで文章を書き出したり、理解してもらいたい内容を図式化したりするのもお薦めです。

 

6. 生徒が上手くできたり正しい答えが分かったら、小まめに褒める。
自閉症児への療育方法として効果的だと、唯一科学的に証明されている応用行動分析(Applied Behavior Analysis)というものがあります。これは良い行動が出来たら Reward を与え、その場に相応しくない行動をしたら Punishment を与えるというもの。Reward は「褒める」だけでも充分ですが、「Sticker 等の小さいオモチャ」をあげたり「 30 分間テレビを見ても良いよ」と行動の自由を与えることもあります(全ては個々の好きなものや課題の難しさ等によります)。また、元来Punishment を与えていたそうなのですが(軽く手を叩く、好きな物を没収する等)、今ではそういうやり方は良くないと言われていて、相応しくない行動をした時には Redirect をして(正しい行動を教える等)それが出来るまで一切動じない(怒りもせず淡々と “Do this.” と言い続けるだけ等)という方法を取る人が多いようです。
私達英語講師は生徒の療育をするわけではないので(そしてそういうトレーニングを受けたわけではないので)こういう対応をする必要は一切ありませんが、褒められたら嬉しいのは誰でも一緒。そしてそれが学習効果を高めると科学的に証明されているのなら、それを取り入れない理由がありません。生徒に対して褒め上手になれるようにしてみてください。

 

7. 皮肉や熟語使用には気を付ける。
自閉症児は「冗談を冗談と受け止めず真に受けてしまう、言外の意味を捉えられない」ことがあります。ですから、生徒の言語力や性格から「冗談を言っても大丈夫そうなのか」「冗談は避けた方が良いのか」ということを判断していってください。また、英語の熟語を教える時には、他の生徒に教える時よりも時間に余裕を持ち、視覚情報を効果的に使って、生徒のペースに合わせて教えてあげてください。自閉症児にも、他の子供達と同じように学ぶ力があります。丁寧に教えれば冗談だって理解出来るようになるし、言外の意味を捉えることも出来るようになります。ただ、他の子供達とのスタート地点が異なっていたり学ぶのにより多くの時間がかかってしまう傾向があるだけなのです。

 

image (2)8. 生徒の気が散る要因を徹底的に排除する。
自閉症児は Sensory Processing Disorder(SPD、日本語では感覚統合障がいと訳されることが多いが一般的に共通して使われる対訳語がない)を持ち合わせていることが多いのですが、これは他の発達障がい児にも見られる障がいです。外界から受け取った五感に対して異常に敏感もしくは鈍感で、それによって日々の生活に支障が出てくると SPD だと診断されます。実は私達が気付いていないだけで、私達も「脳がどう五感を処理しているのか」ということに癖があります。車酔いや船酔いをする人も、クラブやゲームセンターのように大きな音がする場所が苦手な人も、つい貧乏ゆすりをしてしまう人も、何となくタイトなジーンズを好む人も、皆 SPD の傾向があるのです。ただ「それが日常生活を送るのに支障をきたす程度」になると「障がい」という括りになるのです。

SPD の例として「トイレの水を流す音が、耳元で大音量で音楽を流されているように聞こえる」だとか(だから耳を塞いでしまう)、「普通に歩くだけでも水面に浮かぶボート上を歩いているかのように安定感を感じられない」だとか(だから上手く歩けない)が挙げられます。
五感のうち、どれに対してどんな症状があるかは個々それぞれ異なります。ですからご家族に生徒の SPD の傾向を聞いたうえで(うるさい場所では集中するのが苦手等)、なるべく生徒が勉強に集中出来るような環境を作ったうえで、英語を教えていくようにしてください。例えば生徒の自宅の自室にて家庭教師をする場合、隣りの部屋から音楽が聞こえてくる環境では生徒が集中出来ないかもしれません。これは生徒の集中力の問題ではなく、脳の働きの問題なので、生徒自身がコントロール出来ない部分の問題なのです(そもそもSPDは緩和することは出来るケースもあると言われていますが、その度合いも人それぞれで、一概に「こうすると絶対に良い」と言える方法がありません)。そういう時は隣りの部屋の音楽を消してもらうようにしましょう。

 

image (3)9. 使う言葉に気を付ける。

上記のいくつかのポイントでも触れていますが、自閉症児にはポジティブでシンプルな声掛けをすることが大事です。ですから普段から使う言葉に気を付けましょう。自閉症のお子さんをお持ちの大場美鈴さんが作成された「声かけ変換表」がネットでも話題になりました。参考にしてみてください。
州立テキサス大学の Dr. Kristen Lindahl  もこうしたポジティブな声掛けに注目していて、教育者として教育現場にて使う言い回しに気を付けるべきだと説いています。

 

10. 可能であれば授業は短く、そして必要であればコマめに休憩を取る。
自閉症の生徒の中には長時間に渡って 1 つのことに集中するのが難しい生徒もいます。これもまた彼らの脳の働きによるせいで、決して彼ら自身のせいではありません。もちろんこういう問題がない生徒もいますが、もしあなたの生徒が長時間の集中に困難を感じるようでしたら、授業時間を短くするようにしたり、小まめに休憩を取ったりするのがお薦めです。例えば無理やり 1 週間に 1 回だけ 1 時間の授業を行うよりも、1 週間に 2 回 30 分間の授業を行う方が生徒がより集中して勉強に取り組めるかもしれません(人によって異なるのでご家族にもお話を聞いて生徒の傾向をより良く理解するようにしてください)。それが難しければ小まめに休憩を取ってあげるのもお薦めです。休憩と言っても完全にオフの時間にする必要はありません。「休憩しようね」と言って教科書は脇に置き、生徒と一緒に英語に関する雑談をしたり、英語を話しながらパズルを一緒にしたり、一緒に英語圏の雑誌に目を通したり…。そうすると、それは生徒にとって息抜きになるだけでなく、彼らの「英語の世界探究」の糧になることばかりなので、決して無駄な時間にはならないのです。

 

11. とにかく、とにかくPatientに!
自閉症の生徒に教えてみると、とにかく今までの自分の常識が通用しないことに驚くかと思います。そこであなたの「いつも通り(健常児の生徒対応)の教え方」を貫いてしまうと、それは生徒を苦しめるだけでなくあなた自身をも苦しめます。時に、彼らはあなたが思いもしないような行動をするかもしれません。時に、彼らはあなたが思いもしないようなことを言うかもしれません。でも、そこには絶対に「彼らなりの理由」があるのです。そこを無視して「あなたの常識」を振りかざし、安易に彼らを傷つけないようにしてください。難しい Situation の時には、とにかく Patient に。感情に振り回されず、冷静に対応するよう心掛けてください。

 

 

お気づきになったかとも思いますが、ここに挙げたポイントは全て健常児の生徒を教えている時でも気を付けたいことばかりです。それぞれのポイントと自分の普段の教え方を比較し、より生徒に寄り添える英語講師になるにはどんな工夫が出来るのか考えてみてください。

 

より多くの自閉症の生徒が英語好きになってくれるように。
より多くの自閉症の生徒に留学のチャンスが訪れるように。

 

彼らの可能性を広げるべく、英語講師同士で一丸となり、一緒に頑張っていきましょう。

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